つなぐ人びと
夫婦でつかむ海と陸での清爽な暮らし
- 徳島県 JA徳島県管内(徳島県海陽町)
- 2025年11月

ルロクラシック サーフ&ファーム 田中宗豊さん・美子さん夫婦
夫婦でつかむ海と陸での清爽な暮らし
美しい海と最高の波に魅せられて移り住んだ町。
〝サーファー農家〟を続けて二十年がたつ。自然に寄り添ったすてきな生き方とは?
入道雲が湧く夏空の下、紺碧の海にたゆたいながら、波を待つサーファーの姿。まるで一枚の絵のような光景です。
そんな光景にあちらこちらで出合える徳島県海陽町は、西日本屈指のサーフスポット。ビギナーからプロまで波乗り好きが集う町であり、国際大会も開かれています。
一九七〇年代、サーフィン文化の黎明期から海陽町に移住するサーファーは多かったと話すのは、町で「ルロクラシック サーフ&ファーム」を営む田中宗豊さん(51)・美子さん(50)夫婦です。
ルロクラシックでは〝海の活動〟と〝陸の活動〟をしています。プロサーファーの宗豊さんが、サーフィン指導やサーフボードの製造・販売。美子さんがホーリーバジル栽培や加工品づくり。二人で、ゲストハウス運営や農業体験なども手がけています。

この町に暮らして三十年以上になる宗豊さんは、大阪府の阪南市に生まれました。中学時代にサーフィンを始め、十七歳でプロをめざし、海陽町へと移り住みました。
「高校を辞めて、沖縄でプロになろうと考えていたら『おれの師匠に学んでこい』と先輩に言われて、この町にやってきたんです」
二十歳でプロテストに合格。国内外のプロツアーに参戦して上位入賞を狙う日々。しかしランクではなく、自分らしいサーフスタイルを追求したいと考えるようになります。
そして、海から学んだ自然に寄り添う〝清爽な暮らし〟を実践しようと、三十歳の頃に定住を決めました。
妻の美子さんも大阪府の高槻市出身です。会社員時代にボディボードにはまり、休日のたびに車を飛ばし、海へ向かっていたそう。
美しい海のそばで暮らしたいと、二十五歳で海陽町へ移住。ホテルで働きながら、家庭菜園でのプチ農業と波乗りを満喫していました。
そんな二人はサーフィンをとおして出会い、結婚します。

波乗り好きの二人が結婚し、まず取り組んだのが農業です。手に入れた十アールほどの農地で、米作りに挑戦します。
「周囲に農業をしたいと話していたら、運よく農地が手に入って。それで米作りを始められました」と、宗豊さん。
農薬や除草剤を使わない稲作が始まりました。地域の生産者は、サーフィンと自己流の農業をする二人を「収穫できるんかい?」と、遠巻きに見ていたそう。しかし試行錯誤する姿に、いつしか温かな助言や手助けをしてくれるようになりました。
十七歳から町にいたとはいえ、農業のおかげで地域にとけこめた、と話す宗豊さん。
「水路の掃除や草刈りをすることで関係が深まった。地域とつながるには〝農業〟が一番です。相談できる〝農の師匠〟も増えました」
農業に慣れてきた美子さんは、この町らしい農産物を栽培したいと思うように。妊娠中、知人の薦めでハーブの苗を栽培。すると圃場に漂う香りに驚いたと言います。
「それがホーリーバジル。ストレス軽減やリラックス効果があると聞き、おおらかで健やかなこの町の産物にふさわしいと思いました」
その香りで出産を乗りきれたと笑う美子さんは、子育てとともに栽培に取り組みます。五百株から始め、当初は生産者も少なく栽培法は手探り。しかし十五年がたち、今では二十アールの圃場で六千株を栽培しています。

五年めには、「ホーリーバジル茶」の製造にも着手。香り高く焙煎した茶を作っています。
「県内の食品会社に卸して、一部は道の駅などでも販売しています。香りがよくて飲みやすいと評判なんですよ」
茶が注目されるようになったものの、酷暑やシカの獣害でここ数年は、予定した収穫量に及ばないことが悩みの種となっています。記録してきた栽培日誌を片手に、灌水や施肥など工夫を重ねています。
「遅くまで圃場にいると『やりすぎたらあかん』と、農の師匠たちが心配するので、ほどほどにがんばっています」

十年前からは、ゲストハウスの運営に注力。町に多くの人を呼び込んで美しい自然へと導くため、さまざまな活動をしていると宗豊さん。
「農業体験もその一つです。今では海陽町だけでなく、故郷の阪南市でも子どもたちを呼んで、米作り体験をしています。都会の子どもが農業から自然を感じ取っている姿に、喜びを感じます」
また、「徳島県森林づくりリーダー」の美子さんは山に詳しい〝山の師匠〟と共に森林ボランティアをしています。都会暮らしの人を連れて、史跡が残る山々を案内。町の山や森の魅力を積極的に伝えています。
〝陸の活動〟に力を注ぐ田中さん夫婦ですが、自分らしくいられるのは、やはり〝海の活動〟があってこそ。波に乗ることは生活の一部です。
この日、ゲストハウスの宿泊客にサーフィンを指導する宗豊さん。合間にさっと海に入り、わずかな波のうねりを逃さず軽やかにライディング。浜辺には美子さんもいて、海にいるだけで楽しそう。
二人は、海を眺めながら言葉を続けます。
「結婚して二十年がたって、サーファーで農家である生き方を、理解する人が増えました。海、山、川と自然豊かな海陽町で〝海と陸の活動〟を続けていきます」

文=森 ゆきこ 写真=前田博史






