つなぐ人びと
三百年続く落ち葉堆肥農法を守り、発信する
- 埼玉県 JAいるま野管内(埼玉県三芳町)
- 2026年2月

井田農園 井田和宏さん
三百年続く落ち葉堆肥農法を守り、発信する
「富の川越いも」で知られるサツマイモの産地、埼玉県三芳町。
江戸中期に開拓された面影を今に伝える井田農園では、三百年にわたる伝統農法でサツマイモ栽培を続けています。
地域の仲間とつないできた 「落ち葉堆肥農法」とは?

道路わきの至るところに「富の川越いも」の幟がはためく埼玉県三芳町。かつてしゃれ好きな江戸っ子に「九里(栗)四里(より)うまい十三里(江戸から川越までの距離)」と言われ、イモの産地として名をはせていた上富村(現・三芳町)は、江戸中期に、時の川越藩主・柳沢吉保が手がけた「三富新田」開発によって誕生しました。
防火目的で造られた幅六間(十メートル)の道路は、道の両側を、幅約七十二メートル、奥行き約六百七十五メートルの短冊状に地割りし、上富村と、中富村、下富村(いずれも現・所沢市)の「三富」に百八十戸の屋敷が建てられ、上富村は九十一戸あったそうです。この道路は現在「いも街道」と呼ばれています。
「区割りが大きいと感じるかもしれませんが、開拓農家が生活できる、ぎりぎりの広さでした。ここの土は、富士山の火山灰が積もった関東ローム層で、栄養分の少ない土。また河川は遠く水も乏しい、農業には厳しい土地でした」
江戸の面影が残る圃場で、地域の成り立ちを話してくれたのは、サツマイモやサトイモの生産・販売を営む井田農園の十三代目園主・井田和宏さん(59)です。

それぞれの区割りには、開拓地で農業を営む工夫がなされていたと言います。
「どの家も手前から屋敷、圃場、奥には『ヤマ』と呼ぶ平地林を設けました。隣との境は茶の木を植え、さらに冬場は乾いた土が舞うため、風よけにタケ、カシ、ケヤキを屋敷まわりに植えて、薪や建材、農具に活用してきました」
長男だった井田さんは、大学卒業後、すぐに就農の道へと進みました。
「他の仕事にも携わりたかったけどね。『ぜったいにダメだ!』って親に言われて(笑)」
現在、井田農園は妻の志乃さん(57)と母親の三人で運営。三ヘクタールの農地で七、八種類のサツマイモとサトイモ、自家用の野菜を栽培しています。
「サツマイモ農家が多い一方で、都心に近い立地を生かして、野菜の多品目栽培をする農家も増えています。地域に三十軒ほどある農園は、どこも園内での販売や飲食店への卸など直売が主流です」
常時の出荷はないものの、JA祭りなどのイベントでは〝富のイモ〟目当てに訪れる来場客のために「三芳町川越いも振興会」としてJAに協力しています。

先祖代々の土地とともに、三百年にわたり地域に続いてきた伝統農法も受け継いだ井田さん。コナラやクヌギなどを植えたヤマの落ち葉を、堆肥として土づくりに活用する「落ち葉堆肥農法」は、痩せた土地をヤマの落ち葉で改良し、土壌を肥沃な土へと育ててきた、先人の知恵と工夫のたまものです。
「落ち葉堆肥は、積み上げた落ち葉をかくはんしながら、発酵させて作ります。そこにうちは米ぬかを加える。堆肥になるまで二年ほどかかるんです。江戸のころは『一反の畑に一反のヤマ』と言うぐらい大量の落ち葉を使いました」
また、先人たちは落ち葉堆肥の発酵熱を利用して、イモの苗床づくりもおこなっていたといいます。それにならい、井田さんは、発酵熱での苗床づくりにも取り組んでいるそうです。
「苗はおもにハウスで作っていますが、昔ながらの発酵熱を生かした栽培ができないかと、一部のイモで試作を続けています。発酵熱は、一気に芽が出るので作業がしやすく、味もいいけれど、コントロールが難しくて、まだ課題も多いですね」
ヤマの木々を育て、その落ち葉で堆肥を仕込み、その発酵熱まで利用する伝統農法は、雑木林が広がる武蔵野らしい景観を生み出す循環型システムと言えます。しかし、ヤマの管理は生産者にとってはたいへんな労力でもあり、農地と違って税の優遇措置がないために手放さざるをえない人もいるのが現状と、井田さんは言います。
「今は多くの肥料がありますし、農家の選択肢もさまざま。ただ三芳町の歴史や文化であり、景観保全のためにも、ヤマとともにある農法を守っていきたい」

昔ながらの循環型農業を未来へつなぐため、井田さんは一九九七年に生産者四人で「三富落ち葉野菜研究グループ」を立ち上げました。
農家だけでなく、活動に賛同してくれた会社員の仲間と共に、ヤマでの落ち葉集めイベントを開始。以来、毎年SNS(フェイスブック)などで告知をし、一月中旬から二月中旬にかけて四回ほど開催しています。数人から始まったイベントも、今では百人を超える参加者が集まる地域の恒例行事となりました。
「うちは六反のヤマがあって、わたしが子どもの頃は、毎年ひと月かかっていた落ち葉掃きが、数回ですむようになりました。三芳町だけでなく、都内からの参加者も多いんです。『この伝統を守らなきゃ』って、毎年参加してくれる人がいてくれることは、心強くうれしいです」
他にも、落ち葉堆肥の圃場でエダマメ栽培体験をおこない、多くの人を集めています。地域を盛り上げるグループの活動もその一助となり、「武蔵野・落ち葉堆肥農法」は、二〇一七年三月に日本農業遺産に、二三年七月には世界農業遺産として認定されました。

メディアで取り上げられるなどして少しずつ知名度が上がり、雑木林のある町並みの観光がてら、農園を訪れる人も増えました。せっかくの来訪者がくつろげるように、井田さんは、二五年に加工場兼週末カフェを新設。自家製サツマイモクリームを使ったマフィンやホットサンドが人気となっています。
「サツマイモスイーツが注目されているので、新たな加工品も作っていきたい。さらに落ち葉堆肥農法を含めて、町の歴史や文化を息子へとつなぐ準備もしていかないと。まだまだ忙しいね(笑)」

文=森 ゆきこ 写真=菊地 菫(家の光写真部)






