つなぐ人びと

「好き」を貫きバラと農業の可能性を未来へつなぐ

  • 埼玉県 JAふかや管内(埼玉県深谷市)
  • 2026年8月

ROSE LABO 田中綾華さん

「好き」を貫きバラと農業の可能性を未来へつなぐ

バラ好き一家に育ち、二十歳でバラ農家として就農。無農薬の食用バラ栽培から食品、化粧品製造へと事業を拡大。
人や異業種をつなぎ農業のおもしろさを若い世代へと発信しています。

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 美の象徴として、紀元前から世界じゅうの人々に愛されるバラ。そんなバラに魅了されて、二十歳のときに就農したのが、ROSE LABO㈱代表を務める田中綾華さん(33)です。
 東京に生まれ、農業とは縁のない家庭で育った田中さん。バラ好きの曽祖母の影響で、幼い頃から大のバラ好きで、春や秋は、家族で東京近郊のバラ園に出かけることが楽しみだったそうです。
 大学時代、母親とのたわいない会話の中で、食用バラの話になり、田中さんは強い興味を抱きました。
「大学に入ったものの、将来の夢や目標が持てなくて、なにかを見つけたいと考えていました。食用バラの存在を知り、自分の手で育てて食べてみたいと強く思ったんです」

 思いたったら一直線。田中さんは大学を中退し、インターネットで探した食用バラを栽培する大阪の農園で働くことに。キャンパスライフから一変し、生活に慣れるまで苦労した当時を振り返ります。
「夜間に香りをため込むバラは、日の出とともに収穫します。香り高い花を出荷するためですが、早朝からの肉体労働はきついものでした。でも、バラ栽培や農作業を嫌だと思うことはなかったです」
 栽培の知識や技術を学ぶなかで、バラはビタミン群やポリフェノールなどの栄養成分が豊富に含まれていることを知ります。美しさや香りだけではない、バラの可能性を感じ、やがてその魅力を自分なりに広めていきたいと思うように。二年間の修業を終えて、埼玉県深谷市を農地に決めて独立しました。
「バラは積算温度が千度を超えると花が咲きます。深谷市は、春先の定植時期も気温が高く、さらに新規就農者への手厚い支援があったことが決め手になりました」

 二〇一五年、農薬を使わない食用バラの農園を開園。初年度は約十アールのハウスに食用バラ千五百株を定植しました。
「栽培と並行して営業活動もおこないました。なにもわからないので、飲食店検索サイトに掲載されている人気店へ『食用バラを使いませんか』と片っぱしから電話をかけました。断られてばかりでしたが、心は折れませんでした」

 消費期限が短い食用バラを廃棄させないために、地元の和菓子店と連携し、ジャムづくりも同年に開始。自分のめざす品質を追求するために、観賞用も含めて四百種類ものバラを味見したそうです。
「花弁が薄いバラは香りが高く、厚いバラは色みが濃い。黄色のバラは苦みが強いなど、食べ比べたら明確でした。食用は、苦みがなくフルーティーな『ルージュロワイヤル』、加工用は火を入れても美しい深紅になる『サムライ』の二品種にたどり着きました」

 初年度で品質に磨きをかけ、バラやジャムを片手に都内のマルシェや展示会に出展。みずから売り場に立ち、お客の声をすぐに新商品としてとり入れるなどして、ファン獲得や販路拡大に取り組みました。
 その行動が実を結び、マルシェにはROSE LABOの出店を心待ちにするお客が増え、銀座の老舗パーラーからはスイーツに使用する食用バラの注文が入るようになります。一期に百五十万円だった売り上げが、二期で二千万円、三期には一億円を突破するほどの急成長を遂げたのです。
 その裏には苦い失敗もありました。農園を始めたその年に、害虫の影響で病気がまん延し、三千株のバラが全滅してしまったのです。経験不足が招いた失敗に、大きなショックを受けた田中さん。しかし、そこで立ち止まることなく、「きちんと農業を学び直そう!」と、二年制の農業大学校に入学を決めました。
「平日は仕事、土日は実習で、目がまわるほど忙しかったけれど、農業全般の知識を学べたことは、大きな自信になりました。さらに全国の農家仲間と出会い、視野を広げるきっかけになりました」

 アトピー性皮膚炎に悩まされていた経験から、肌にやさしいバラの化粧品開発を考えていた田中さん。一六年にはそれに向けて農業大学校でつながった観賞用バラの農家と共同で美容成分をより多く含むバラの品種開発を始めます。
 試行錯誤しながらも、既存のバラと比べて、ビタミンAは十倍、ビタミンCは二倍含まれる、オリジナル品種の開発に成功しました。
「このバラには女性の二十四時間をサポートするという意味を込めて『24(トゥエンティフォー)』と命名しました。通常五年はかかるといわれる品種開発が二年という短期間でできたのは奇跡的なこと。新事業の背中を押されたように感じました」

 一八年には、「24」を使ったスキンケアシリーズを発売。バラ農家が手がける化粧品は、多くのメディアに取り上げられ、話題になりました。化粧品会社からの引き合いが相次ぐようになります。
「振り返れば、失敗した商品や企画も多く、コロナ禍には直営店舗の閉鎖に見舞われましたが、就農から十年を経て、社員十人を雇用するまでに成長できました」

 化粧品事業が軌道に乗り、今はバラの成分をヘルスケア分野で生かすために、大学と連携して研究を進めています。
 現状に満足することなく、努力を惜しまない田中さんの次なる夢は、都会の学生が就農を希望する社会へと変えていくことだと話します。
「職業の選択肢に農業がもっと多く挙がるように、講演活動にも力を入れています。小学生に〝農家は魔法使い〟と伝えているんです。アイデア一つで生産物の価値を変え、自由に可能性を広げられる仕事。農業の魅力を次世代や社会へ発信していきたいです」

文=森 ゆきこ 写真=菊地 薫

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