つなぐ人びと
世界をうならせるにし阿波の農耕文化を夫婦二人で紡ぐ
- 徳島県 JA徳島県管内(徳島県つるぎ町)
- 2026年9月

西岡田治豈さん・節子さん
世界をうならせるにし阿波の農耕文化を
夫婦二人で紡ぐ
徳島県西部の「にし阿波」と呼ばれる地域の山峡にはいくつもの小さな集落があります。
山あいの地で400年にわたって継承されてきた傾斜地農耕を守る夫婦の物語です。
四国の東に位置する徳島県。徳島市内から車を1時間ほど走らせると、吉野川に沿って西日本第2の高峰「剣山」から連なる山々が見えてきます。徳島県美馬市、三好市、つるぎ町、東みよし町の2市2町からなるこの地域は「にし阿波」と呼ばれています。
山あいを縫うように道を行くと、急峻な斜面に張り付くように青々とした畑が現れました。このような畑や集落が、にし阿波には200ほど点在しています。
「うちの畑は、傾斜がすごいやろ。初めて見た人は、みんな驚くよ。ソバの白い花が咲く時期は、下から見上げた光景が『まるで桃源郷みたいや』と、よう言われるんよ」
そう話しながら出迎えてくれたのは、つるぎ町の猿飼集落に暮らす西岡田治豈さん(85)と妻の節子さん(78)です。二人は、自宅に隣接する斜度40度の急傾斜地の畑で、農業を営んでいます。
にし阿波では、日当たりのよい傾斜地を畑にした「傾斜地農耕」という独自の農耕文化が培われてきました。400年以上にわたって継承される農法や、景観、食文化、農耕にまつわる伝統行事は、「にし阿波の傾斜地農耕システム」として、2017年に日本農業遺産に、翌年には世界農業遺産に、認定されています。

猿飼集落に生まれ育ち、祖父や父と共に、傾斜地での農業を営んできた治豈さん。
「親の仕事を継ぐのは当たり前の時代やったから。子どものときから農業する以外は、考えられへんかったな」
治豈さんが27歳のときに、節子さんが嫁入りし、両親や節子さんと、30アールほどの畑で葉タバコを中心に、野菜やソバを栽培してきました。
平成の半ばにタバコ栽培をやめ、以後は二人で春から夏はインゲンやシシトウ、秋はソバ、冬はダイコンなどの野菜を栽培し、山の麓にある直売所に出荷しています。
毎朝7時ごろには、畑へ降りて1日の作業を始める治豈さん。家事を済ませた節子さんがやってくると、傾斜地の畑ならではの作業「土上げ」を二人でおこないます。
「耕した土が雨などで下へ落ちてしまうから、江戸時代から使われているサラエという農具で、土を上へとあげていくんや。範囲も広いし、一人じゃできん」と治豈さん。
助け合って土上げを終えると、出荷する野菜の収穫や除草など、おたがいにその日の仕事を確認し合いながら一つずつ進めていきます。

見晴らしのいい畑の中腹に置かれたベンチは、治豈さん特製。ここで一服するのが、二人の日課になっています。
「土は落ちるし、歩くのにも苦労するけど、慣れたらなんでもない。お父さんと畑や山々を見ながら、お茶を飲むのはいいもんや。こんなきれいな景色は、ここでしか見られへんやろ」と、節子さん。
三人の子どもが独立してからは、作業をするのも休憩をするのも出荷に行くのも、なんでもいっしょの二人。〝一人ではできんことも、二人ならできる〟と、治豈さんと節子さんは、口をそろえます。

水稲栽培が難しいため、にし阿波の山間地では、古くからソバや雑穀の栽培が盛んです。
西岡田家でも、代々、在来種のソバを栽培してきました。毎年8月下旬に播種して、11月上旬に収穫するのだと、治豈さんは話します。
「うちのソバの実は、昔からの在来種や。改良したソバと比べると、ちょっと小粒やけど、甘みがあって、香りもいいんやで」

収穫したソバは、ゆでて殻をむいて干し、粒ごと使う郷土食の「そば米」へと加工します。雑炊に入れたり、酢飯に加えたり、米代わりに味わうのが、地域に根づいた食文化です。そば米雑炊は、治豈さんの大好物と、節子さん。
「うちでは、そば米の雑炊にすることが多い。いりこでとっただしに、10種類ほどの具材を入れるねん。自家製のしょうゆが味の決め手やね」

二人は10年ほど前から、ソバの花が咲く9月下旬に、畑を観光農園として開放しています。桃源郷のような風景を求めて、たくさんの人が訪れます。コロナ禍前には、訪れる人たちのために、毎日50人前ものそば米雑炊を仕込み、振る舞っていました。
日本農業遺産や世界農業遺産への認定を機に、傾斜地農耕の視察や山峡の暮らしを学びに、さらに多くの人たちが集落を訪れるようになりました。東京の大学生や海外の政府高官たちが、集落の風景や傾斜地農耕の知恵を目のあたりにし、感激の表情を見せる。二人はそれがうれしく、元気をもらえると話します。
「まだまだこの地でがんばらなあかん。畑をやめると、すぐに山がのみこんでしまうんや。この景色を守るために、元気なうちは、二人でがんばっていきたいな。もうちょっとやれる、二人やったらな」

取材・文=森 ゆきこ 写真=村山嘉昭






