大地のおくりもの

飛騨ほうれんそう

  • 岐阜県 JAひだ 飛騨蔬菜出荷組合 ほうれんそう部会(岐阜県高山市)
  • 2026年8月

ゆっくり生育し、肉厚で甘い

飛騨ほうれんそう

昭和三十年代に「雨よけハウス」を導入。夏のホウレンソウの一大産地になりました。
生産者は生育環境を整え、低温流通管理に取り組むなど、日々の努力を続けています。

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 あちこちの岩間から澄んだ湧き水があふれ、ジリジリと強い日ざしが照りつける標高一〇〇〇メートルの山地。ずらりと立ち並んだ百二十棟のハウスの中をのぞくと、まるで若草色のじゅうたんのようなホウレンソウが、均一な草丈でみごとに生えそろっていた。
 標高三〇〇〇メートル級の山々に抱かれた岐阜県高山市で「飛騨ほうれんそう」の栽培が始まったのは昭和三十年代。JAひだ「飛騨蔬菜出荷組合ほうれんそう部会」部会長の中谷賢栄さん(54)は、この地で両親からホウレンソウ栽培を継いだ。市街地は標高六〇〇メートルに位置し、夏でも冷涼な高地だからこそ、ゆっくり生育し、肉厚で甘い高品質なものになると、飛騨ほうれんそうに自信を持つ。

「雨よけハウス」で一気に生産が拡大

「ホウレンソウ栽培でたいせつなのが、水の管理。土中の水分量が安定していないと、生育に影響が出るんです」
 飛騨高山の夏は雨量が多く、露地では葉菜類がうまく栽培できない土地だった。そこで導入されたのが「雨よけハウス」。組んだパイプの上部にビニールを張った簡易的なハウスだったが、高品質なホウレンソウの栽培ができるようになると、市場での評価が高まり一気に生産が拡大した。
 そんな雨よけハウスによるホウレンソウ栽培を始めた両親を持つ中谷さん。大学卒業後、六年間営業担当として福岡県の会社に勤めたのち、両親と交わした約束どおり、農業を継ぐべく実家に戻った。しかし実家で就農したものの、栽培について父親から言葉で教わったことは「ほとんどなかった(笑)」と振り返る。

 そこで中谷さんは、見よう見まねでホウレンソウ栽培を始めたが、どうしても均一に育たなかった。〝生育むら〟の原因を父に聞いたが、教えてくれたのは「水のまき方が悪い」と、ひと言だけ。寡黙な父に見守られながら毎日、ホウレンソウの様子を必死に観察するうち、しだいにコツがわかってきたという。
「ホウレンソウは水分量にとてもシビア。水が十分あるときには葉が立っている。逆に水を欲しがっているときは葉が大きくなり、開いてくる。生育中の姿を見て灌水の量とタイミングが、わかるようになりました」
 さらにハウスに湧き水が出る場所があり、そこだけ過湿で根が傷み、立ち枯れが出てしまうこともわかった。もちろん雨よけハウスといえど、湿度や地中の水分は刻々と変わる。夏は夕立があると、短時間で大量の水分が供給されて過湿になりやすい。そうした気候の変化とホウレンソウの姿を見ながら、現在は迷いなく灌水量を決められるようになった。

 出荷時期は、四~十一月。三月に栽培を開始し、秋までに三~四回、播種から収穫を繰り返し、出荷している。
 一年の作業のうち、中谷さんがとくに気を配っているのが〝土づくり〟だ。水はけがよく、かつ水もちもよい、水分量の安定した団粒構造の土を追求している。年に一度、秋に鋤き込んでいるのは、地域で生産される飛騨牛の牛ふんを加えたバーク堆肥。熟成したものを春に仕入れ、さらにひと夏熟成させてから使用する。団粒構造が発達した土は、フカフカとした手触りで水分量が安定するため、土壌病害に弱いホウレンソウが健全に育つ。

みずみずしさを保つコールドチェーン

 収穫は朝八~十時。日ざしが強いとすぐに乾燥してしおれてしまうため、直射日光が当たらないよう、シイタケ栽培で使われる遮光率九〇パーセントの黒い寒冷紗でハウスを覆い、機械で一気に収穫する。その後、ホウレンソウが乾かないようコンテナにぬれた布をかけ、作業場へ。等級分けして袋詰めをし、翌朝、車で三十分ほどかけてJAの集出荷場へと運ぶ。
 集出荷場に届けられたホウレンソウは、鮮度を維持させるため、すぐに真空予冷処理が施され、出荷まで冷蔵庫へ。さらに輸送中も冷蔵を徹底し、関西地方を中心に関東ほかの市場にも出荷されている。

 JA園芸課の森下昌徳さんは、飛騨ほうれんそうの市場での評価の高さについて、こう説明する。
「ホウレンソウは鮮度がたいせつ。飛騨ほうれんそうは出荷量が多いですが、低温で流通させる『コールドチェーン』という仕組みがあるため、夏でもみずみずしいホウレンソウを安定出荷できます。そのことが高い評価につながっていると思います」
 出荷は、雪が舞い始める初冬まで。清冽な高山の空気をまとった、肉厚で甘く、みずみずしい飛騨ほうれんそうが各地に届く。

文=加藤恭子 写真=前田博史

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