大地のおくりもの
コマツナ
- 福岡県 JA福岡くるめ [旧JAみい小松菜部会](福岡県久留米市)
- 2026年7月

栄養豊富で棚もちのよい
コマツナ
西日本を代表するコマツナ産地では部会員十五人の精鋭たちが市場の信頼を得続けています。
その背景には、筑後川の恵みと量と質を両立させる高い技術がありました。

コマツナの名前の由来は、地名だという。江戸時代に、現在の東京都江戸川区小松川で栽培されていたから「コマツナ」。もともとは関東でしか見かけない野菜だった。それが西日本にも普及していくきっかけになった産地が、JA福岡くるめ管内の「みい地区(旧JAみい管内)」である。
同地区はもともとレタス、パセリ、ニラといった軟弱野菜の生産が盛ん。しかし夏場の作物が少なく、模索していたときに、大手量販店の勧めで、平成八年にコマツナ栽培を始めた。九州では、もっとも早い作付けだったという。
だが当時の西日本はコマツナを食べる習慣がなく、当初はまったく売れなかった。それでも諦めず、一袋百円の価格設定や、店頭での定期的な試食販売など、粘り強い取り組みで、西日本のコマツナ市場を開拓。「みいのおかげで、関西はコマツナを食べる習慣ができた」と語る市場関係者もいるほど、評価と信頼を築きあげてきた。

ハウス五十五棟で年六~七回転の栽培
現在、部会の作付け面積は約三十四ヘクタールで、出荷量は約五千七百トン。全国有数の規模だが、もっと驚くのは、それだけの生産を十五人で実現していることだ。
その一人が、久留米市北野町の馬場量経さん(44)。五十五棟あるハウスの総面積は、約一・六ヘクタールに及ぶ。
「それでも、部会では下から二番めの規模。いちばん大きい人は、二倍はあります」
しかも、収穫は一度で終わらない。当地のコマツナはすべて施設栽培。播種から収穫までは、三十~七十日で完結する。馬場さんは、このサイクルを年六~七回転させることで、年間を通じた安定出荷につなげている。
「だから、人頼りの経営。うちだけで八人の技能実習生に支えられていますし、部会全体では百三十人以上を雇用しています」

また、一つ一つの栽培サイクルには、細心の気配りが詰まっている。とくに重要なポイントは、水管理と換気。夏場は発芽までぜったいに水を切らさないが、雨が多い時期は逆に水を切るなど、灌水量をきめ細かく調整。換気も同様で、その日の気温や風向きなどをみて、ハウスを開け閉めし、空気の流れをコントロールしていく。

「そうやって、収量や品質を一年を通してできるだけそろえていくのが、技術なんです。難しいですが、そこがおもしろい」
と、馬場さん。地の利も好機につながったという。
「この地区は筑後平野の中でも、とくに土壌がいいんですよ。すぐ近くに筑後川があるので、砂地で、よく乾く。それでいて、昔から氾濫を繰り返してきた土地なので、土が肥えているんです」
そのため栄養豊富で、棚もちのよいコマツナが育つのだと、馬場さんは胸を張る。

高品質の秘密は、収穫作業にもあった。コマツナを収穫すると、すぐに調製、計量をして、その場で出荷用の袋に入れ、箱詰めまでしている。
「視察の方が、びっくりされますね。このやり方は時間がかかるんですけど、人が触れる回数をできるだけ減らすことで、鮮度を保持し、異物混入のリスクも減らすことができるんです」
平成二十七年には、コマツナとしては初めて、JGAP(農業生産工程管理)の団体認証も取得した。全員が厳しい生産管理に取り組み、全量をJAに出荷するのも、部会のこだわりだ。

付加価値を高める挑戦をJAも応援
そして今、馬場さんは新たな挑戦も始めている。化学肥料や除草剤を使わない、本格的な有機栽培である。JAと連携し、有機JASの認証も取得した。
「コストは年々上がっているのに、コマツナの価格は、三十年前から変わっていないんですよ。なんとか付加価値を高める努力が必要だと思うんです。と同時に、次の世代のために、持続可能な土を残していきたいという思いも強い。JAもこの挑戦を応援してくれていて、いつか産地全体で取り組めるようになればと願っています」

コマツナ栽培の開始から三十年。今では西日本でもすっかりメジャーな野菜になったが、だからこそ競合も増えた。
「これからは量だけじゃなく、質が求められる時代。気候変動も大きく、今までのやり方が通用しない場面も増えています。だからこそ、仲間との横のつながりをだいじにし、情報を交換しながら、よりよいものを作っていきたい」
失敗を恐れず、新たな挑戦を続けていくこと。それが、〝守るべき伝統〟だと馬場さんは信じている。

文=茂島信一 写真=下曽山弓子





